(続)クロノス

クロノスは残った兄達に父王討伐を提案したが、
誰一人加わろうとするものはいなかった。
皆ウラノスの絶対的な力に怯えている。
「もういい! 私一人でやる!」

勇んで庭園へ向かい、ガイアへ呼びかけた。するとクロノスの前に
銀色の大鎌が出現した。
「これを持って父王を討ちなさい」
「此の鎌は?」
「神族は不老不死。如何なる武器で持ってしても討つ事は出来ません。
しかしそれなら実体を奪う事が出来る。
その鎌は地獄より生れし物。強大な力を持つウラノスとて暫くは身動きが
取れなくなるでしょう」
クロノスは躊躇した。此の鎌を手にしたら後には引けない。
けどやらなければ現状を変えられない。ガイアも味方してくれているのだから
負けるはずないと自分に言い聞かせ、勢い任せに鎌を手に取ると、
見事な輝きに見入ってしまった。

「世界が良い方向へ導かれますように」

ガイアの気配が消えると、鎌を持った手に力がこもる。


「其処で何をしている」
クロノスの心臓が跳ね上がった。
ゆっくりと神殿側に目をやると、ウラノスが立っていた。

「父上……

王位は…
此の私が貰い受ける!!」
大鎌を振り上げ、ウラノスに向かって振り翳した。
「来るがいい」
ウラノスは自信たっぷりに迎え撃った。
爆風で体を弾かれると、急速に伸びた蔓に足を捕われ地面に叩き付けられた。
急いで蔓の枷を払うと、鎌を手に再度突進した。
しかし軽く避けられた上に電撃の鞭で払われ、飛ばされる。
「クロノス。此のガイアの庭園を汚した罪は重いぞ」
ウラノスは近付きながら言った。
倒れ込んで息を荒げるクロノスを掴み上げ、耳元で不敵に笑った。
「こんな程度で俺から王位を奪うだと…フッ、可愛いものだな」
カッとなったクロノスは父王の肩に噛み付き、肉を引き千切った。
あまりの痛さにクロノスは地面へ投げ付けられたが、
奥へ走ってくわえた肉片を海へ吐き捨てた。
肉片は海洋を漂い、小さな泡を纏いながら静かに沈んでいった。
クロノスは口から滴る血を拭い、怒るウラノスの雷撃をかわした。
「御前は俺のように大地に花を咲かす事が出来るか?
泉を沸き上がらせ、鳥達の祝福を受ける事が出来るか? 
何も生み出せぬ御前に、俺の子であると言う称号以外に何がある」
「貴方のおかげで私達が今、此の地に立っていられるのは紛れもない事実だ。
けど、支配された生き方など地獄に居るも同然ではないですか!」
「それは本当の地獄を見た事がないから言える事。
では御前は此の国で最高級の食事である神酒(ネクタル)や神食(アムブロシア)を
何故食べている。
それは神族である私の恩恵を受けているからではないのか?」
クロノスは黙り込んだ。
「それに御前に最愛の妻・レアを与えてやったのも俺だ。
御前が俺を否定すると言うならば、それを奪うまでだ。
御前の息子が大いに役立ってくれたがな」
「ゼウスを利用してレアに……貴方を否定して全てを奪われるなら、
私が新たな世界を造り直し、それを取り戻す! 」
クロノスは鎌を振り上げ、ウラノスへ襲いかかった。
「俺や御前は不老不死の身だ。そんな武器では俺を倒せんぞ」
立ち止まってクロノスはニヤリと笑った。
「…これは地獄より生まれし銀の大鎌。神族にも有効である武器ですよ父上」
「?! 成程、そういうことか」
するとウラノスの周囲に精霊が現れて手足に絡み付き、動きを封じられた。
「そこまでして俺を止めると言うのか…母上」
「貴方は天空で指をくわえて見ているがいい」
大鎌はウラノスを捕らえ引き裂いた。
傷を負ってフラつくウラノスから精霊が離れてゆく。
「ククッ。御前に最後の予言を与えてやろう。御前の子が父をも凌ぐ力を得て王位を奪い、
御前を脅かす存在となるだろう。今の俺のようにな」
ウラノスの体は粒子化し、風に舞って天へ昇って行った。


絶対的な権力を持つ父王・ウラノスは姿を消した。
しかしその存在は此の世からなくなる事はない。
ただ今は重圧と恐怖から解放された喜びを
味わっていた。
王座には簒奪(さんだつ)したクロノスが就き、地獄から救い出された
兄弟達で結成されたティターン十二神で、オリュンポスを統治した。

此処にクロノスが治める次の時代が始まった。

クロノスは父王に言われた通り、本当に産み出す力が
ないのかどうか確かめる為に、灰に自らの血を注いだ。
すると新しい一族・黄金の一族が誕生した。

「父上…私は、嘗て貴方が抱いていた理想郷へと世界を近付ける為に、
貴方を超えてみせますよ……

俺が、オリュンポスの神として」


←back top