(続) アマルティア

ゼウスの容姿は成人に近付き、以前より髪も伸びて金色に輝いていた。
とある日、何時もの時刻に山羊が来るのを待っていたが、
一向に姿を見せなかった。
夕刻になっても現れず、ゼウスはひたすら蹲って待っていた。
夕食の合図が聴こえ、仕方なく冷えた体を摩りながら、その場を離れた。
暖かな小屋へ戻ると、珍しく豪勢な肉料理や具沢山のスープやチーズが並んでいた。
「今夜は何かのお祝い?」
「今日は特別にゼウスが気に入った、この料理だよ。感謝して食べな」
「? (アマルティアのスープは好きだけど、肉料理好きだって言ったかな)…
ありがとう。 いただきます」
着席したゼウスは温かいスープを堪能した。
次に肉料理を口にした時、舌に違和感を感じ、取り出してみると、白い花びらが混じっていた。
「おや、すまないね」
アマルティアは申し訳なさそうに言ったが、大した事じゃないと食事を 続けた。
ゼウスは新鮮で美味しい料理に、先程まで冷たかった体も温まり、とても満足していた。
翌日、アマルティアに頼まれて水場で水を汲み、小屋へ戻ろうとすると、
中から何かが割れる音がした。ゼウスは急いで小屋へ戻った。
そこで見た光景は…。
テーブルの脇に散乱した皿と…
横たわった一匹の牝山羊の姿だった。かなり年老いてぐったりしていた。何故此処に…。
ゼウスは疑問に思い、アマルティアを捜したが、
彼女の姿は何処にも見当たらない。
山羊の呼吸は間隔が徐々に長くなり、やがて息を引き取った。
可哀想に思い、山羊を背中に担いで山頂に弔った。
アマルティアの姿は日が暮れてからも、見つける事が出来なかった。
ゼウスは小屋の外でひたすら彼女を待ち続けた。
何度太陽神ヘリオスが天を通過しただろうか。
彼は何時も東の海洋から火炎の車(日輪)に乗って天空を駆け昇り、
西の涯へ降り行くのが日課だ。
彼が昇れば朝が始まり、降りれば夜が訪れる。彼はこれを繰り返しているのだ。
しかしアマルティアが小屋へ返ってくる事はなく、
周辺を駆け回り捜したが、やはり何処にも見当たらない。
気が付けば再び山頂へ辿り着いていた。
風が通り抜ける。酷く虚しさにおそわれていた。
もう、二度と会えない予感はした。
途方に暮れていたゼウスは夜通し島を歩き続け、やがて海辺へ辿り着いた。
すると波に揺られながら人影がゆらゆらと漂っていた。
ゼウスは駆け寄りそれを確かめた。少女が意識もなくぐったりとしていたのだ。
彼女を引き上げ平らな場所まで移した。
「んっ…」
目を覚ました彼女は、虚ろな目で辺りを見渡した。
「気分はどう?」
焚火を調整しながら、ゼウスは淡々とした口調で言った。
「悪くはないが…私は何処まで来たんだ」
「此処はクレタだよ。あそこで倒れていたんだ」
彼女のいた地点を指差した。
「では私は逃げ延びたのだな」


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